西暦2026年令和8年となりました。
昨年中、お身内に不幸のなかった方には、新年の寿ぎを申し述べます。
また、お世話になった方へは、本年もよろしくお願いいたします。
お会いできなかった方へは、我が不調法を侘びつ、お会いする栄に預かれますことを楽しみにしております。
また、年賀状やメールなどでご挨拶をいただいた方には、失敬ながらこの場にて御礼を申し上げます。
私も歳を重ねためか、自らの仕舞い方に思い至るようになり、格段に寿ぐこともなく、年末年始は過ぎし人や会えない人を思うことが多くなったようです。
(「65なんてまだ小僧。」と年長の方々には笑われるかもしれません。)
昨年は、カバーイラストレーションを制作する機会をいただきました。
光栄に思い、人生最後と頑張ったのですが、嬉しくも再度のご依頼をいただいてます。予定が実現すれば、昨年同様にブログ記事で紹介できるでしょう。

AIの活用についての雑話
昨今話題のAIは、比較的よく利用しております。文章量が多いので致し方なく、有料サービス(ChatGPT Plusです。)にしています。
Udemyの授業コンテンツのための、テクニカルなライティングばかりなので、技術的正確さをAIにチェックしてもらいながら、作業をしてます。

自分がやっとの思いで起こした文章を、すぐさま検討して良い点悪い点を指摘し、さらに改善の提案までしてくれます。
特に、構成変更と要約は、異常に便利です。
自分は、AIの処理能力には圧倒されてしまったのか、劣等感からくる自己嫌悪にラッピングされる心理状態になるという副作用?を体験してます。いまも引きずっていると思います。
「頭のいいやつは嫌い。」って気分です。(AIと競ってもねー。)
それもあってか、自分がAIを活用できているのか、と言う点については疑問を抱いてます。
それさえもAIに質問しようかと思うくらい…、依存…しているのかもしれません。
それでも、AIも間違うことや、判らないこともあり、反応を楽しんでいます。
間違えたときは、指摘すると悪ぶることなく謝ります。「貴方が正しい」を強調してくれます。
判らない時は、外堀を埋めるような話し方をしてきます。
同時にこっちも調査して、先に答えに辿り着いて「これなんじゃない?」と言うと、やはり正しい可能性を強調します。「しまった!」とかそぶりもないですね。
基本的にAIは褒めて育てるタイプで、初期設定のままだと少々過剰です。
文章を提示するとめちゃくちゃ褒めながら、前述のように指摘と提案があり、で、結果として文章はそんなに褒められたものではなかったりします。
褒め具合は調整できるので、あまり褒め過ぎない設定をAIにお願いしてあります。
設定して面白かったのは、提示した文章の部分に「珍しいぐらい正確。」といったニュアンス(記憶ではそのまま)の表現があったので、日本語表現について突っ込んでみました。
そしたら、和訳元になる英語表現を三つぐらい提示して、もっともな言い訳をしてました。
褒め過ぎない表現を探してズッコケたようで、苦労が見えて楽しかったです。もちろん、「ズッコケました。」なんておくびにもだしません。
また、私は実際の人間にお願いするのと同様にAIに接しており、「いつも丁寧なやりとりをありがとうございます。」と、よくお礼を言われます。
利用においてのAIは、写し鏡のような存在であり、自分が写る水面を乱すような扱いはしない旨を伝えたら、「鏡という比喩はとても本質をついてますね。」と言われました。
よく自己認識をしている様子(仕様?)で興味をそそります。
おかげで、いままでにないタイプの体験ができるていると思います。
ご利用でない方も、とりあえず無料で利用できるので、試されてみてはいかがでしょう。
AIなくして社会が成り立たなくなりそうですから、早々に、AIのために節電する時代がくるかもしれません。
「AIの〇〇ちゃんのために、冷房温度30度で過ごしましょう。」なんて…。
雑多な話の割に長くなりました。歳のせいか。お後がよろしいようで…、
皆様には、寒さ暑さに負けないように体調にご留意の上、ご多幸のあらんこと祈念して、挨拶を締めさせていただきます。
来春は、昨年からのUdemyプロジェクトの成果を自画自賛してみたいと期待(だけ)します。そかさ。
